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3月13日 読谷→北谷 
朝は読谷の渡具知海岸(とぐちかいがん)へ
 
1945年4月1日、沖縄戦のときこの海岸からアメリカ軍が上陸して、南北に広がっていったところです。
こんなに美しい浜ですが、海が真っ黒になってしまうくらい
数え切れない数の船が来たのだそうです。

思いをはせて、皆でお祈りをさせていただきました。

案内してくださった地元のタカヤスさん。


十八番横丁を出発


石厳(敢)當
家の角や、交差点について、目につきます。
お守り?

金城実さん宅を訪問

リアルな戦争のお話と、戦争後の日本が沖縄にしたことの真実をお話しいただきました。
いかに、戦争時に人が残酷に殺され、残されたものが悲しみ苦しんだかをお話いただきました。
グッときました。やっぱり実体験者からの声は生きています。
そのなかで始めて聞いた国の政策の「援護法」というものがありました。
沖縄の人には軍人や軍属を支援するのとは別の形で適用されたこの法が沖縄の人や実さんに大きな軋轢を生みました。
聞いた話を少しだけ紹介できればと思います。

■沖縄は第二次世界大戦、日本で唯一の地上戦があった所。沖縄市民を殺した残虐な行為はアメリカ軍だけでなく、日本軍からも沢山おこなわれた。
■戦後も、沖縄市民を差別的な政策で苦しんできた。アメリカ軍基地問題など。
■最近、沖縄靖国裁判が行われた。この裁判は第二次世界大戦が起こった時に日本軍に壕を追い出されて死んだり、スパイ容疑で斬殺された人も、英霊として靖国神社に祭っていることへの訴えだ。
本当は日本軍の残虐行為を訴え、追求しなけらばならない沖縄県民の気持ちを、犠牲者を英霊として称え、援護法でお金を渡すことで混乱させてきたのだ。(詳しくはこちらの関連HP http://www.liveinpeace925.com/war_responsibility/telemen100905.htm


金城実さんの彫刻作品

沖縄の悲劇が鬼気迫る迫力で描かれています。



ユ・ヨンジャさんにご案内いただいて
「チビチリガマ」へ
1945年4月2日に集団自決(集団強制死)があった場所です。
このガマに逃げていた住民140名のうち83名が死んでしまったそうです。

■アメリカ軍が上陸して、住民は皆逃げて、壕に隠れたが見つかってしまった。
■アメリカ軍は鬼畜米兵などと言われていて、捕まったら大変なことになるから死んだ方が良いと伝えられて自決に追いやられた。
■親が子を殺して自分も死んだり、焼身自殺したり、この世の地獄がここにあったそうです。
■この壕の中に入ったら、その悲劇は決して過去のものではなく、生のままのように感じられ、怖くていたたまれなかったです。必死に祈りました。

■その一方でシムクガマという約1000人の人が逃げていた壕は皆助かった。それは、リーダーがハワイ帰りの二人のお爺ちゃんで、その人たちが「私達がハワイで会った人たちは鬼畜などではなかった。英語もできるし、米兵と話してくる」と行って出て行き、ちゃんと交渉して1000人の命を守ったそうです。
(参考HP チビチリガマとシムクガマ http://www.geocities.co.jp/HiTeens-Panda/5318/06/gama2.html

ヨンジャさんのお話もリアリティーがあって、
実際この場所でその話を聞くと、心にぐっときました。

皆でお祈りを!
忘れないように
もう二度とこんなことがない
平和な世界になるように
心から祈りました。


明日の高江の裁判の記事が!!!!


嘉手納入りのよろこび!!!

沖縄防衛局(防衛省の沖縄支部)

嘉手納空軍基地
でっかい(TmT)








明日の裁判の主役 いささん
いささんのお話抜粋(山田の受け取ったメッセージ)

★高江の事は東京ではなかなか報道されない

★高江小・中学校のすぐそば400メートルくらいの所にヘリパッドができる
★95年のSaco合意が原因

★177種の貴重種
★直径75メートルヘリパッド
★その道も合わせると大変な破壊
★湿度が保たれて生物が生かされているが
ヘリパッドができると風通しが良くなって乾燥化が始まる

★2007年の七月から無理に工場始めようとする。
★座り込みをしていたら訴えられた
★最初は15人の起訴(その中に八歳の子供も)
★去年の集中審議で工場の現場監督は8才の子供の起訴の証拠はないといった。
★ずさんな証拠 13人は取り下げた

★いささんとアシミヤさんだけ訴えられた。
★非暴力で活動してきた
★証拠はほぼない

福島から大橋(3,11の時福島第一原発の三号機で働いていた)
大橋さんのお話(山田の視点から)
★地震直後国の上層部は爆発前から情報はいってるが
一般には何も知らされないということを実感した。
★震災後も、お金をもらっているかいないか
福島から出るか出ないかで住民同士壁が出来てしまう
★差別もある


★瓦礫問題
瓦礫は福島の絶対にもう入れない部分で処分するのが良い。
福島は諦めてと政策を出してくれれば、割り切れると地元の人の半分は思っている


リラックスキッチンさんの音楽

最後は祈って


はぐサークル



皆でお互いの思いを、暖かく感じられて良かった!!!

ありがとう。

山田


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