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沖縄 高江 マーティ君からのメッセージ
 沖縄 高江 マーティ君からのメッセージが届きました。

7 Generations walk 2012 沖縄は
マーティ君にホントにお世話になり歩けました。
マーティ君と共に過ごした日々は7gの皆にとってもかけがえのないものになっています。

そんなマーティ君からのメッセージが届きました。
ホントに嬉しい!

これからも繋がっていこう!
ありがとう。マーティ君

★ ★

マーティ君からのメッセージ

7Gwalk2012、僕は出発の3・11ティダノワ祭@名護から西海岸を南下して、3・14の高江座り込み弾圧裁判@那覇の判決を経て、さらに南部をグルっと回って東海岸を北上し、泡瀬、辺野古を経由して、3・20に高江に着くまでの10日間をメンバーと一緒に歩き、寝食をともにしました。

−まずは、感謝ありがとう!−
 短いようで長く、長いようで短い不思議な時間の感覚を体験しながらも、この「ウォーク」を通して感じた事、発見した事、学んだ事がたくさんあり、初対面のメンバーたち一人一人とも話や体験を共有し仲間になり、たくさんの想い出ができました。まずは、山ちゃんはじめ、一緒に歩いてくれた7Gwalkの仲間たち、それと歩かせてくれた沖縄の大地に感謝!!ありがとうございましたー!!!

−7Gwalk&山ちゃんとの出会い−
 僕にとって、「歩く」きっかけとなったのは、今年1月下旬に山ちゃんがウォークコースの相談と高江の視察に来た事でした。
山ちゃんとは、2年前の2010年名古屋COP10でのご縁。その時彼は、何やらお坊さんが会場で上関原発の事で工事中止を求めるハンガーストライキをしているという事で、国内外から注目を浴びていた。それから葦船のあった所で会った時、高江の事を伝えたっけ・・・。その時7Gwalkの存在を知りました。

−7Gwalk2012出発について−
 そして今回、山ちゃんが高江に来られてウォークの相談を受けた時、正直言ってまさか自分が「歩く」事になるとは思っていなかったので、だいぶ人ごとのように相談に乗っていましたが、彼の話す言葉の奥に、じわ〜りじわりと何か大いなる意志?の存在を感じ、みるみるうちにこれは参加させて頂かなくては!いかなくなってしもうたー!!のだった。←(笑)


 −去年3・11東日本大震災あと、実際には被害の実感のうすい沖縄にいて、何かできないかと考えるものの何もできない、無力感とやれない自分にいらだちを感じていました。問題だらけの世の中。2012年重要な年。何か始まる、何も始まらない、いや何か自分から始めなくては何もはじまらない。、そんな風に思っていました。

今年3・14高江の裁判(日本政府による東村高江への米軍ヘリパッド建設において、自らの生活・自然環境を守ろうとして工事現場前で座り込みをしていた住民らが、国によって通行妨害禁止で訴えられている)判決がある。白か黒か全くわからない。裁判というものは勝つ者があれば負ける者もある→結果、喜ぶ者と悔しむ者が生まれ→その連鎖が形を変えてつづいていく。
もちろんこの裁判は負けるわけにはいかないが、僕個人的にはグレーもあっていいんじゃないか、何でも白黒二元的に判断しようとする国の司法、賛成・反対に住民を平気で二分してしまう行政のあり方がおかしいんじゃないかと思います。そして、そんなちっぽけな枠組みを超えてモノゴトの本質を見ること、そしてその上に共有できる社会をひらく事が今求められてる事だと思います。

アラスカのイヌイットは白を表わす言葉が150もあると最近友人から聞きました−、そんな一つが多様に認められる社会こそステキだし、豊かなしるしだと思います。とにかく、判決の見通しはわからない。決められた未来はない。希望や絶望があるわけじゃない。安心や不安があるわけじゃない。もやのかかるおぼろげな状態の中、光の射す方を感受し、進むしかない。そんな想いが7Gwalkと重ね合わさり、僕にとって「歩く」出発点になりました。

−「ウォーク」を通して僕が感じた事、発見した事、学んだ事−
・僕は10日間のウォークだったけど、歩く事によって、一歩一歩目標が達成されていく事で、
そこに充実感と実感(リアルさ)が生まれ、その感覚自体が喜びと楽しさ共ウォークしている事を体感できた。
・歩くことで感じる「不便さ」は食事の美味しさや有難味を増すスパイスとなるだけでなく、石油現代社会がもたらしてきた恩恵にも改めて気づき、素直に感謝する心の潤滑油にもなった。原発も然り、今までアリガトー、お疲れ様サヨーナラー!
・歩いていると、車のスピードでは気づかない景色や出来事に出会う。あたり前の事があたり前でなくなってくるから、小さなものが大きくなったり、大きなものが小さくなったりする。
近いと思ってたものが遠かったり、遠いと思ってたものが実は近くにあったりと、視点が変わり「歩く」事で「空間」と体験に変化が起きる。
・ちょっとした事でも楽しくなる。たかが市や村の境をまたぐ時はなぜかみんなで大盛り上がり、「境・壁」を超えるって、こんなに感動するものなんだと実感。超えまくり、つながりまくり、「境界」って何だぁ?
・「時間」は枠組みとか、車などのはやい速度には縛りかけ、厳しいが、つながりを求め、自由な人のウォークには優しくて寛容的に感じた。お世話になった場所場所でも、あまり時間に縛られない人が多く、心優しく寛容的だった。「歩く」事で「時間」と体験に変化が起きる。


・沖縄ウォーク、僕にとっては住んでる場所。知ってる場所や道もあるし、知らない所もある。「知ってる」と思った時点で、新しい事って入ってこないし学べない。だから努めて「知らない」新鮮な気持ちで歩いた。その分、いろんな所に行けたし、思いがけない人に会ったり、再発見があったり、恥ずかしいほどオキナワのこと、ニポンのこと、オキナワセン、セイチやウタキブンカのことなどなど、知っていると思っていた事が案の定、知らない事でいっぱいの再発見巡りウォークでした。これからも「知らない」謙虚に学ぶ姿勢を持ち続けたいと思った。
・それから、7Gwalkで「いいな」と思ったのが、食糧を仲間たちで分担して運ぶ事。米2キロ買って、一人で長距離背負うのは大変だから袋に小分けして負担を分かち合います。他の人は味噌を持っていたり、野菜を持っていたり、パンを持っていたり、ガスボンベを持っていたりで、みんなそれぞれ分担してしてるから、みんながそろわないと、食事が作れず、食事にありつけないのです。だから協力し合います。食事の時、「米持ってる人出して〜」とか「味噌だれが持ってたっけ?」とか「私、ニンジンとカボチャ持ってる」とか「すいとんの術」を授けるものがいたり、とにかくその会話が楽しくて幸せで、その雰囲気がとても好きでした。このやり方は今後、何か重要な事につながると直感しました。

・一番「楽しかった」のは仲間たちとのゆんたくでした。北は北海道から埼玉、東京、神奈川、長野、大阪、岐阜、山口、沖縄といろんな所の出身のメンバーと出会い、身の上話しや友達の事、ウォークの事、住んでる地域の事、これからやりたい事などいろんな話をし、共有し、つながりあえた。わずか10日間を共にしただけですが、家族のように感じてしまい、最後お別れの時は泣いちゃいましたー。(;一_一) これからもつながって、共に歩んでいこうー!!
・まだまだたくさん想いではあります。僕にとって、7Gwalkまだまだ未知数の発見と可能性をもつウォークです。必ずどっかで、合流するぞ=!!待っていろ==!!


−高江のこと、裁判の判決とその影響について−
僕は沖縄県本島北部、「やんばる」と呼ばれる亜熱帯の広大な森に抱かれた東村高江というところに住んでいます。やんばるの森に導かれるように5年前、長年住んだ東京から引っ越してきました。(もともと両親は沖縄の出身)
「やんばる」はヤンバルクイナやノグチゲラはじめここにしか生息できない固有種の宝庫であり、県民の6割の生活用水をまかなうダムなどが立地する重要な水源地にもなっている所です。実際に空気はとてもキレイで、夜には満天の星空が広がり、僕にとって、人間が自然の中で生かされている事を実感できる身近な場所です。

高江のヘリパッド問題について、僕が撮影編集した動画
「やんばるからのメッセージ〜高江の記録10分版〜」をご覧ください。

この裁判で当時8才の子どもや何の証拠もない人までもが、反対運動をしている家族というだけで裁判所に引きずり出されました。
(国は8才の子どもに関しては、世論の批判を怖れて即日訴えを取り下げた。)
流れを追うと、
2007年夏、日本政府・防衛局は2度の高江区民による反対決議を押し切って、米軍ヘリパッド工事着工。
2008年11月、国は高江住民15名(1人は那覇市民)に対し、通行妨害禁止の仮処分を那覇地裁に申し立てる。
2009年12月、那覇地裁は15名中12名は国の訴えを却下したものの、2名に関しては妨害行為を認める判断を下した。
2010年1月、住民らは不服の意から起訴命令を出し、国は本訴を提起。2名の行為に対して「座り込み」は表現行為か妨害行為かが争点となる本裁判が始まった。
そして、2012年3月14日、2008年11月国による仮処分申し立てから3年余におよぶ裁判の判決が言い渡された。


●那覇地裁の判決は「2人のうち、1人の行為に対して国の請求を棄却したものの、もう1人に対しては妨害行為を認定」した。つまり、「1人は無罪、もう1人は有罪判決」。一言でいえば、「不当判決」だ。
     

専門家によって多くの指摘がなされているが、今のところ僕なりにまとめると
・この訴訟は、強大な権力と金をもつ「国」が、米軍の基地建設という自らの目的遂行のために、住民らと話し合いをろくに行わず、司法権までをも悪用し、裁判の勝ち負けが目的ではなく、住民に対し社会的、経済的、精神的に制裁を加える事で住民を疲弊させ、声を圧殺しようとする恫喝目的の「スラップ訴訟」不当訴訟である。※米国では裁判所が「スラップ訴訟」だと判断すると審理に入る前に棄却される。高江のケースは、日本国が国民に対して行う前代未聞の「スラップ訴訟」不当裁判。
・住民2人のとった行為に、際立った違いはない。
・現場(高江のケース)にほとんど影響はない。委縮してしまえば、国の思うつぼ。これまでの通り、座り込みと発信を続ける。
・全国の住民運動に対し、権力者側が同様の措置を取る可能性がある。広くスラップ訴訟について認知してもらい、世論を高め、裁判所に速やかな棄却を求める。
国はブログやインターネット上での座り込みの呼びかけまで妨害行為と主張していたが、当然ながら国の主張は却下された。
・裁判所も主張している通り、この判決によってヘリパッド建設の是非は争えない。裁判所は「戦争」「環境破壊」「生活破壊」「人権破壊」につながるヘリパッド建設の是非を問わずして、ゲート前の「通行妨害」という事だけに矮小化し、表面的な判決を下した。

※やはり、1人でも多くの人に高江の現状を知ってもらうの事が、現場にとって力になります。得意な方法で表現し、伝えてくださる事を願います。

●詳細はブログ「やんばる東村高江の現状」http://takae.ti-da.net/

 この後、住民側は福岡高等裁判所那覇支部に控訴することが決まった。裁判は裁判として、住民らの行為の正当性を主張し続ける事になった。
今、国は自国民の声より米国の意志を優先させ、政治を動かしています。高江にいると、国は国民のために存在しているのではない事が明白になってきます
国は国民の金と恐怖心を煽って、支配の力を強めます。僕たちが「恐れる」事によって、国に強力な恐怖支配のエネルギーを与えてしまう事になります。だから、どんなにマイナスと思われる状況下でも恐れずに声をあげていく事、おかしいと思う事は「おかしい」と言う事、言える社会がとても大事だと思います。そんな社会を一緒につくりましょう。助け合える仲間はすぐそこにいます。

やんばる高江は美しく、楽しく、美味しく、癒され、社会勉強にもなり、不思議な出会いが起こる、ステキな所です。ぜひ、遊びに来て下さい!

−さいごに−
3・11から3・20にかけてほぼ沖縄を一周しました。車でも沖縄一周となると大変だなと思う距離です。だけど、それを「歩き」でやってしまいました。
僕は当初、3・14の高江裁判の判決までを歩く予定でしたが、何かもの足りなくなって、そのまま高江の家までウォークしてしまいました。本当にウォークで出会った仲間、サポートして下さった方々、お世話になった方々、関わった全ての存在、そして大地と空、大いなる自然と導いて下さったスピリッツに感謝の気持ちでいっぱいです。
小さな達成かもしれませんが、この「歩けた」こと、「できた」こと、「やればできる」という経験は僕にとって、次へと歩みだす一歩の強力な後押しとなってくれる「宝物」になっています。特に、「沖縄」という世界を「一周」した事は僕にとって格別の意味があります。
山ちゃんが連れていた大いなるスピリットの意志は7Gwalkを通して、この混迷を深める今の時代にこそ、「歩んでいく」ための光を差し伸べているのだと僕は思います。

マーティ


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