<< January 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 3月18日 久高島→泡瀬干潟 | main | 3月20日〜22日 高江での日々 >>
3月19日〜20日 泡瀬 → 辺野古 → 高江
3月19日 

泡瀬干潟から辺野古まで移動しました。
ここは結構距離が長かったです。
美しい海岸を歩いたり

米軍基地の真横を通ったり
沖縄を、良くも悪くも体感する道のりでした。
19日は到着がすっかり遅くなってしまったので近くの公園でキャンプしました。
久高島であった、三線弾きのマホちゃんが色々差し入れ持ってきたりしてくれて
嬉しかったです。

20日
早起きして、辺野古の座り込みテントへいきました。

皆、大歓迎してくれて、
お茶やらお菓子やら沢山ご馳走になりました。
そして、ここで活動している人は皆元気!
僕達に見せてくれた笑顔も凄く明るくて癒されました。
きっと、海を守り、戦争をこれ以上してはいけない!という
人として愛ある生き方をしている!からだと感じました。

でも、その笑顔の裏には大変なご苦労が!


色々なお話を聞くことができました。


辺野古の基地問題、座り込みの略歴
■1995年に米兵による少女レイプ事件があり沖縄で大問題
■在日米軍は本来、日本を守る為にあるのに逆!大きな運動が起こった。
■96年にsaco合意。普天間基地はアメリカの法律では危険すぎて違法なので、
それを返還するので辺野古に飛行場施設の移設案。
■97年に住民投票を実施。52、8パーセント反対なのに名護市長がそれに反し受け入れを表明して辞める。

■2004年4/19の午前5時にボーリング調査を始めそうだったが止めた。
4箇所のタンカンやぐらを作り、63箇所のボーリング調査を阻止。
☆活動している女性 ↑ のお話
「本気なら止められる」
ボーリング調査を阻止する為に体を張って守った。工事する所に飛び込んだ。
毎日作業員に生きる同じ仲間として、語りかけた。
弱さを強みに。弱い人間がちゃんと生きられるように。捕まったら黙秘する。


■2005年 ボーリング調査のやぐら撤去・阻止行動の勝利
■2006年 国会で否決されたが、直ぐに代替え案。
■2007年 アセス法の違反 沿岸案の阻止行動
☆タンカンやぐらやボートを出してアセスメント調査のボーリングを阻止した。
■2008年 ジュゴン訴訟で勝訴


大浦湾・辺野古にはジュゴンが食べるアマモがある



辺野古の海にはジュゴンの餌の海草があり最大の餌場になっています。

大浦湾には川からの冷たい水があるので珊瑚礁が良い感じで保たれていて、珍しい生態系がある。
ほとんどの生き物が絶滅危惧種。

沖縄本島には約10パーセントしか良い状態の海が残されていない。
海岸が自然でなくなると破壊が進む。
道路ができると、自然が破壊される。
本部町もバイパスが出来て、亀が産卵しなくなった。

日本側のメリットは公共工事のお金、一兆円と言われている。
ゼネコンが儲かるし、自衛隊も共有したい。
辺野古の沿岸の工事はふろーと型で、ゼネコンしかその工事は出来ないので、地元の業者は全く儲からない。
利害関係が絡む。


15〜16年埋め立てされていないのは
皆で諦めずに問題や秘密を紐解いてきたからだそうです。

そして、これらの基地問題と環境破壊が何故続くのか?
日米地i位協定がなぜ変わらないのか?皆で考えなければならないと思いました。
☆ ☆ ☆ ☆

すっかり、学びの多い時間を過ごさせていただいて
辺野古を出発しました。

歩いていくと途中の道の駅でテンツクマンさんとばったり出会いました。
以前から知り合いだったので、奇遇でびっくりしました。
でも、
原発の事とか、一生懸命伝えてこられていたりして活動をしっていたので
なんだか、嬉しい感じでした。

沖縄本島の来たの方には
共同売店の文化があります。
これは
地域の人が相談して必要なものを仕入れて
地域の人が順番で店番をして運営していく売店です。
利益を考えるより、
地域の人の為に、地域の人によって運営されているお店です。
なんだか良い感じ!
あまり人口の多くない地域では真似したら良いかもしれない運営スタイルだなと思いました。





この売店でも、辺野古でづっと活動しているマンさんにお会いして色々お話を聞くことが出来ました。
マンさん人力の船で、沖縄から鹿児島まで行ってしまう強者です。
そんな、マンさんもカヌーの案内人の仕事をしながら、ボートに乗って、辺野古の海を守ってきました。
「カヌーの案内する時に話したりする。それがキッカケに平和活動を始める人もある。
毎年京都から五才の子供達が来て話したりもしている。大人達がどうゆう判断をしたから、どんな未来が来るのか考えないといけない。自然はお金に換算出来ない。皆が同時多発的に動くしかない。」

☆ ☆ ☆ ☆
それから

美しい海の横をとおり

だんだんと森が深くなっていき


高江に行きました。


辺野古、熱い歴史がありますが
今も、尚、その危機はさっていません。
まだ座り込みも続いています。

辺野古から学ぶことは多いですし
この問題の原因は
日米地域協定にあり
その、協定を決めている、政治や社会は
沖縄に住んでいない、大多数の人が
作り上げたものには変わりない。
無関心なら
関心を示さなかったことが、この原因を野放しにしていることになり
結局は戦争と環境破壊の原因になっている。

自分も知らなかった、無関心だったということは
この問題の原因の一部になってしまっていたことになるだろう。

なんだか、
やりきれない思いでいっぱいでした。

関心をもっていこう
皆で知って、伝えよう。

無関心が
戦争を引き起こし、環境を破壊しています。

そんなことを心で感じた日々でした。

学びに感謝!
ありがとう。

山田






COMMENT