<< July 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 21箇座断食護摩修行 @ 綾部 普光寺 森ヶ谷 グラウンド 1日目&2日目報告 | main | 21箇座断食護摩修行 @ 綾部 普光寺 森ヶ谷 グラウンド 7日目 満行報告 >>
21箇座断食護摩修行 @ 綾部 普光寺 森ヶ谷 グラウンド 6日目の心境 平和への祈り
お蔭様で沢山の参加者に恵まれ、ご真言を一緒に唱え祈り、調和の中で素晴らしい時間をすごさせていただいています。ありがとうございます。

今回の護摩修行では、特に世界の平和を祈っています。
7月7日〜8月9日まで
7 G Walk for Peace 広島〜上関〜玄海〜長崎も企画しています。

戦争や争いの原因を考える。

ネイティブが
「怒りは、恐れからやってくる」
と教えてくれました。

怒っている人、暴力を振るう人、一見強く見えるかもしれないのですが、その、根本にあるのは、恐れだというのです。なるほど☆彡少し、静かに怒りを止観してみると、その根底には、恐れや、不信があるのが分かります。

以前、美輪明宏さんが、言っていたのですが、「怒ることと、叱ることは、違う」。なるほど!こちらも止観してみると分かります。子供や、気づきが必要な人にしっかりと伝えるというのは、愛が根本にあること。叱るという形に表わさければならないこともあるでしょう。



でも、怒りや暴力はどうでしょうか?確かに何かを伝えたいのは同じかもしれません。しかし、怒ると心が乱れます。心が乱れていては、伝えるべきことが伝わらないですし、自分自身の意図するところも根本的な意味を失い、余計にフラストレーションがたまり、暴走していくことが多く在ります。そして、それは暴力となり、殺し合いになり、戦争に発展する場合もある。戦争とは、そんな暴走した暴力が行き着いた悲惨で残酷な結果だと思うのです。戦争の事実を知ると、それは、到底人間の仕業とは思えないほど残酷ですが、その原因の出発点は、人の心の恐れや、不信にあるということなのです。



問題の原因に対処する。

では、その恐れや不信を止観してみます。
きっとそれは、今ここにいつも存在している、命の源との繋がりが途切れてしまったことに大きな原因の一つがあると観じました。
そして、私達が、その無限で常に与えられている無形の愛の力を感じることが出来れば、恐れや不信や不安の根本的な原因が解消されることを、仏は教えてくださっています。

その教えは、「色即是空 空即是色」 「如来 如去」など色々な言葉や形で伝えられています。
でもそれは「無限、絶対一元」に関わること。
相対二元の世界に属する言葉では決して表現しきることはできない、不可思議なものです。
ですから、言葉になっている仏の教えは、真実そのものを伝えているのではなく、真実への道しるべなのです。

ですから、観じてみましょう!教えを実践して、その不可思議なる命の根源と繋がりましょう。そこには感動があります。



命がどうやって来たか、どんな風に作られたか、分からないけど、今、確かに命はここにあります。
心臓の動かし方は知らないけれど、常に心臓は動いてくれている。
この空気も実に不思議なもので、息をする時、宇宙を吸って、生きる力にしているとも言えるのではないでしょうか?
その不可思議なものから、私達の命は生まれ、私達の命は生かされ、そして、私達の命はそこに帰っていきます。



護摩の炎にその、不可思議たる命の根源を見ています。
不動明王は「大いなる智慧の故に 大火焔を現わしたまう」と不動経に説かれています。

その炎を見つめ、真言を唱え、心を研ぎ澄まし
常に生まれ同時に消えていく姿を観じ、命の根源と結びつけば、
不可思議たる、無限なる命の源と私達が繋がり直すことができます。
「無相の法身は 虚空と同体なれば その住処なく ただ衆生の 心想の中に住したもう」
と不動経にも書かれています。

その繋がり直す経験には、おおいなる感動がともないます。
そして、その感動が、恐れや不信を越えていく本当の力になっていくのだと思います。
断食護摩修行は、その感動に直球で向かうものです。

「命の源と繋がる感動は、祈りの原点であり、平和への原動力である」と感じています。

この護摩修行の実践の中から
その大いなる感動が波紋のように広がり
世界が平和でありますように。
心から祈っています。

いつもありがとうございます。

ホーミタクエオヤシン

山田拝
COMMENT