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21箇座断食護摩修行 @ 綾部 普光寺 森ヶ谷 グラウンド 7日目 満行報告
7日間にわたる断食護摩修行 お蔭様で無事に満行することができました。
ありがとうございました。

最後の3日間は断食断水での修行でしたが、最後の座は、皆、力に溢れて、宇宙の真理と一体となる瞬間を垣間見るような、素晴らしいお祈りができました。



断食断水の行が始まると、あっという間に力がなくなります。
普段、水や食べ物からいかに力をいただいていたか、改めて実感するわけです。
いつもは、そんな頂いた力、借り物の力を、自分の力のように振舞って、そこまでの感謝もなく、当然のように、借り物の力を我が物顔で振り回していたことに気づきます。
なんて、浅はかな毎日を送っていてしまったんだろう。毎日、毎瞬間に生かされていることへの感謝が充分でなかった事に愕然としたりします。



それでは、自分の力ってなんなんだろう?
人間は植物のように光合成が出来ないから、自分で物質を生み出すことは不可能です。
ですから、食べることが必要。当たり前のことなのですが、それは、植物や、その周りの自然、母なる地球や太陽、水や空気のエネルギーを、作物を通していただいていることになります。
そして、呼吸することによって、空気、宇宙からも力を頂いているのです。
だから、自然や宇宙と私達はもれなく繋がっています。
その繋がりが、私達なのだと観じました。
その繋がりをリアルに感じることが智慧なのであり、その繋がりに感謝し、讃えるのが人の役目なのではないかと感じました。



そして、その繋がりを深く止観すると、食べ物や飲み物を介さない、ダイレクトな繋がりがあることに気がつきます。普段は食べ物や飲み物という、物質を介したエネルギーが身体に充満していますので、そんなことを感じる必要も無く、気づくチャンスもなかなかないのですが、断食断水の行の時は、ある意味必要に迫られて、そちらに目が向くようになります。

そうしますと、身体の辛さはもちろんありますが、その波を乗り越えた向こうに、大いなるものから力が直接入ってくる経験をします。物質の裏側にある世界、現象世界の裏側にある世界、宇宙の裏側にある世界、絶対一元の世界との交流を体験するわけです。



全てを産み出し、全てに力を与え、そして全てが帰っていく世界。
「宇宙の本源は活動力にして、すなわち神なり。 万物は活動力の発現にして神の断片なり」
と大本教でも説かれています。

護摩の炎は、その交流を導く、大いなる智慧だと観じました。
護摩の炎が燃え盛るその瞬間に全ては灰になって消えてしまうけれども、同時に凄いエネルギーを発して、光輝くわけです。色即是空の感動が目の前にあることに気づきました。
無くなると同時にやって来る力。この自然の理を「如来 如去」の教えと言ったのだと体感もできました。



そして、それをただ見ているだけでも、納得するだけでもなく、
その宇宙の理と一体になる為に、マントラを唱え、印を結んで、護摩の火を焚き、
実践的に、その宇宙の理と同化する為の修行が護摩修行です。
それがリアルになった一つの現れとして、物質を介さず力が入ってくる体験が今回もありました。
身口意和合の密教修行の意義を噛み締めました。
もう、そんな体験をしたら、無限の力と自分が一つであることを知ってしまったら、奪う必要は無くなり、分かち合うことの方が自然で、その喜びに溢れます。奪う気持ちも戦争の原因ですから、それを乗り越えていく方向性を見せていただいた気もしています。



全ては繋がっていて、全ては愛で出来ている。
そんな事を、教えの中で先人はづずっと伝え続けてきてくれていたのです。
もう迷うのは止めようと思いました。
そして、その愛のままに生きようと思いました。
そして、その愛をしっかりと受け取るために、喜びと共に手放そうと思いました。

そして
この体験を普段の生活に投影していけたらと思います。

私達のこれからの毎日の祈りの道が、そんな命の輝きと共にありますように。
美の内を歩んで行けますように!

これから7月7日〜8月9日まで
7 G Walk for Peace 広島〜上関〜玄海〜長崎も企画しています。

世界が平和でありますように
子供達を守れますように
7世代先の子供たちに幸せが届けられますように

大いなるものよ、私達をお護り下さい、お導き下さい。

ありがとうございました。

ホーミタクエオヤシン

山田拝


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