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京都大原三千院で堀澤祖門先生のお話を聞く会 Vol.2 報告 三千院でのお話し 山田メモより書き起こし


当日は素晴らしいお天気になりました。
堀澤先生と三千院さん魚山園さん、関係者の皆さまには格別のお計らいをいただき、素晴らしいお話し会になりました。ありがとうございました。

参加して下さった皆さんも真摯に先生のお話を聞き、よい雰囲気の中で、言葉を越えた心の交流ができました。真剣なお話しの中にも時折笑顔がこぼれ、心開き先生のお言葉が皆の心に浸透していったように感じております。
素晴らしい時を共に過ごす時ができまして、私もとても幸せな気持ちでした。
ありがとうございました。

僭越ながら山田が先生のお話を聞きながらメモをとったり、記憶した範囲で先生のお話しの内容をダイジェストで書いてみたいと思います。
また、参加した皆さんには追記していただいたり、ご意見をいただきながら、学びを深めていくきっかけになったらと思っていますので、どうそよろしくお願いします。

堀澤先生のお話し
 
2017年10月8日
三千院にて



「枠をやぶる」
私達は限定された存在です。国籍、性別なども枠といえます。悟りというのはその枠をぶちやぶるということです。枠は苦しみの根源です。

「釈迦の場合」
釈迦はネパールの小さな国の王子でした。物質的に不自由のない生活を送っていましたが、思い悩むことの多い王子を国王はピクニックに誘い出し元気づけようとしたのでした。
しかし、そのことは王子に様々なものを見る機会を与えました。
東の門から出た時は老人を
南の門から出た時は病人を
西の門から出た時は死人を見ました。
どんなことをしてもその苦しみから逃れることは出来ない。
そこには「生まれて来てしまった」という苦しみもありました。

人生の最後に待ち受けている死。死んだあとはどうなるか?わからないから死はとくに怖いものです。
そんな苦しみだれけの人生を生きる意味があるのか?
深く悩む毎日

そんな時に北の門から外に出た時に僧侶の列に出会いました。
僧侶達の目は澄んでいました。
そして、
釈迦はとうとう城を捨てて出家してしまうのでした。

「釈迦当時の出家とは」
家には二つの意味がありました
それはHouse と Home です。
Houseは家、建物であり
Home,は家族やしがらみという意味です。
その二つの意味を持つ家を出て捨てたのです。

「世間と出世間」
世間の価値観では欲望を是認している。
悪いことをしなければ、欲望を満たすことはむしろ肯定される。
しかし、世間の価値観では生老病死の苦しみを乗り越えることはできません。
出世間の価値観では欲望を否定します。
そこに釈迦は希望を感じたのです。

「出家の釈迦」
出家は家もなく、木の下で眠りました。
釈迦は托鉢をして歩きました。道をたんたんと歩み食を得て午前中だけ食しました。
欲望的な部分を押さえていったら、精神的な部分が増える。
釈迦は一日に豆一つ、米一粒しか食べなかったとも言われています。
そして6年間苦行をしました。
インドでは苦行者は尊敬されています。

ガンダーラには釈迦苦行像というパキスタン随一の国宝があります。
とても厳しい釈迦の姿が表現されています。

肉体的欲望をなくして、精神性だけでトライした。
しかし、六年間苦行しても「正覚」を得られなかった。
これ以上やったら死ぬしかないところまで追い込んだが悟れない。
「正覚」を得られないことに疑問を感じ、5000年来の苦行という方法に疑いを持ちました。

「正覚を得る」
苦行という方法に見切りをつけた釈迦は
尼連禅河のほとりで沐浴し、六年ぶりに身体を洗いました。
それは肉体だけでなく、苦行という考え方も洗い流したのです。

そして、菩提樹の下に座り座禅を始めました。
その時に「正覚を得ずんば、再びこの座を立たじ」と言い
命懸けでこの座禅をしました。
そして6日後の朝に夜明けの明星と共に悟りを開いたのです。
この時に観念の枠から抜け出したのです。
修行の出発点の問題「四苦」だけではなく、あらゆる観念の枠を破り
天下無敵の自由人になったのです。

「人間釈迦」
悟った後も釈迦は年をとり、死んでいきました。
しかし、精神的には苦しまなかった。
人は精神的に苦しむ傾向が強いので死の苦しみを何百倍にもしてしまいます。

悠々と老い 悠々と病い 悠々と死んでいく
観念の枠を破ることで苦から脱したのが釈迦です

「釈迦の死」
従者のアーナンダが釈迦の死に際し嘆き悲しんでいた。
釈迦はアーナンダに今まで尽くしてくれたことに礼を言いながらも伝えました
「アーナンダよ嘆いてはいけない。全てのものは無常であるから。」

「悟っても死はくる」
自然に順応していくのが悟った者の生き方

「今がベスト」
普通の人は「過去・現在・未来」を見る
悟った人にはそれがない。
今が大事。

「宗教の間違えやすいところ」
過去ばかりに目をむけてしまう。

「リアリティー」
本当のリアリティーは今しかない
しかし人は何かを求めて、まだまだと思い続ける。
感性で今をつかむことが大切です。

人間は万物の霊長というがそれは本当なのでしょうか?
頭で考え、理性と観念が優れているといいます。
しかし、環境を破壊し、戦争をするのは人間だけです。
それは考え思うことがもとなのではないでしょうか?

「今に対する考え方をひっくり返す」
今がパーフェクト。それを認めることが大切。

「避難者の視点」
地震などの災害で避難生活をされている方々が口々に言うのは「日常生活を取り戻したい」ということ。普通の生活の素晴らしさを彼らは心底味わっている。

「波と水」
ティクナットハーン師の考え方を紹介します。
私達の人生を波に例えます。
私達は波のひとつひとつです。
上がったり下がったりな波を生きています。
外的、外ばかりを見ていると確かにその通りです。
しかし、
波が自らに向き直り、自分自身に触れるならば、波は水であるということが分かります。
波は水だったのです。
水は変わりなく普遍的なものです。水を悟りと例えます。
波は水であり、水は波だったのです。
ですから、波と水は同じなのです。

悟りとは気づくこと
「成仏」を仏に成ると解釈するとおかしいことになる
私たちは初めから仏だったのです。

「気楽になる」
そんなことに気づくと気楽になります。
自然と一つになるということが大切です。

「枠を破る」と
二元相対的な考え方から一元絶対の考え方になります。


「二元相対的な考え方」
しかし、人間には自己保存の本能があります。
そして利己的になります。お釈迦さまはこのことを認めておられます。
当時のコーサラ国の国王とのやりとりがあります。
国王は「私はいったいだれを一番愛しているのか?」と自問したところ「それは自分である」という答えに達したそうです。でも、「このままでいいのか?」という疑問にぶつかり、お釈迦様に質問したそうです。
そうするとお釈迦様は「大王よ、あなたの答えは正しい。人間だれしも自分が一番可愛い。
ですから、そのことを忘れずに政治をしなさい」と応えたそうです。
しかし、このような自己中心的な考え方が争いを産み、殺し合う。これが自己保存の原理です。

「一元絶対的な見方」
一元的な目で見れば良いのです。
私とあなたが一つだと知れば、あなたの痛みは私の痛みであり、私の痛みはあなたの痛みであることが分かります。
本当にそう感じているのであれば、切実にお互いを助け合い、弱者に救いの手を伸ばすようになるでしょう。

「一つ」というのは「空」ということ。

「色と空」
釈迦は「色」を手放して「空」になってしまった。
空体験をした。

「皆がそう感じる為にはどうすれば良いか?」
空体験はなかなか皆には難しい。
その場合は「空観体験」をしましょう。
私は「空のフィルター」を通すということをしています。
そうすると、身体が軽くなったり、考え方も変わって
人間関係も変わったりします。
私が空であるのであれば、あなたも空
空と空が競い合ってどうなるのです。

色と空は別のように見えるけれども、色と空は実は同じものです。
それは波と水が同じことと一緒です。
境はないのです。

「世界に希望を」
アメリカと北朝鮮など、敵対している国同士の考え方がこのように変わることを望んでいます。本来、一つであると気づけば争いや戦争はなくなるでしょう。
自己中心的な考え方は慎みましょう。

相対を知りつつも、それを越えていくことが大切なのです。
空観体験を皆でしましょう。

「泥仏」
私は波と水の例えでいまひとつ分からない人の為に「泥仏」の例えを使っています。
「泥」が波で「仏」が水です。
私達は迷いや執着のような泥にまみれていますが、芯にある仏はいつも変わりがありません。
泥を落とそうと思うと大変です。やめておきましょう。
私達の中にある「仏」を常に見て、泥に意識を取られないようにしましょう。

「初発心時 便成正覚」
という華厳経の教えがあります。
私は最近この教えの意味が良く分かるような気がしています。
スタートはゴールであるという意味です。
悟りを保ちながらも、歩み続ける。今を生き続けることが大切です。




山田君も歩きながら観念の枠を破り続け
風のように悠々と歩きなさい。


以上
山田が三千院でのお話しの時のメモからの
堀澤先生のお話の書き起こしでした。

 



間違えや聞き間違えもあるかもしれませんが
皆で検証しながら、学びを深めていけたら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします。

山田拝

 

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