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8月6日広島〜8月9日長崎 原爆の悲劇を忘れずに未来に繋げる旅〜平和への個人的思索

毎年、86日と9日を凄く大切にしています。

原爆が落ちた日

現地になるべく行くようにしています。

 

ひろしま音楽まつり

 

86日はここ4年間、広島のたけちゃんをはじめとする大切な仲間達が平和公園で開催している「ひろしま音楽まつり」に参加しています。今年も6日の夜明け前から平和公園に行って準備を少し手伝い、夜の後片付けまで、一日仲間達と時間を過ごし、原爆について平和についてゆっくりと考える時間をもちました。ジーさんとライブもしました。

 

 

 

長崎巡礼

(長崎市内の山王神社の鳥居 原爆の爆風で半分吹き飛んでいます)

 

89日も夜明け前から長崎市内に入り、金毘羅山やお寺や神社や教会を歩いて巡拝してお祈りしました。こちらも、毎回、長崎の越智さんや、コウジさん達と行っているお参りです。市内あちこちに原爆の爪痕が残っていたり、資料が展示してあったり、その日に町を歩くと、当時起こったことを少しでも体感できる気がして、大切に巡拝させていただいています。

 

そのようにして、その日にその場にいることで、少しでもリアルにこの事実を感じられたらと願っています。

巨大な爆発 想像を絶する炎と熱と爆風と放射能 残酷で絶望的な痛みと死 悲しみと憎悪 

子供を守れない親の悲しみ 親を失った子の不安 

 

(山王神社の門前の展示)

 

 

原爆を作り出したのも人間で 犠牲になったのも人間

 

なぜ?

 

なんでそんなことが起こったのだろう?

 

そのことを理解しなければ、また同じことが繰り返されるのではないだろうか?

 

私はその問いに答えをもっているのだろうか?

 

全員が納得する答えを出すのはとても難しいけど、でも、自分なりにそのことを考えずに、次に進めるのだろうか?

 

その悲劇を忘れずに、その事実の上で、進んでいくにはどうしたらいいのだろうか?

 

 

(長崎金毘羅山頂)

 

多くの犠牲

 

広島では約14万人 長崎では約7万人の方々が犠牲になり、怪我をした人や、原爆の後遺症に苦しむ人、本当に沢山の人が原爆に巻き込まれました。

 

人間が行った悪魔のような所業

 

最終的に原爆の落下スイッチを押した操縦士は、その後にあれだけの悲劇が起こると知っていたら、そのスイッチを押すことができたのだろうか?今の私が考えると、そんなことは到底できないと思ってしまいます。今までの人類史上、ボタン一つ押して14万人を虐殺した人はいるのだろうか?しかも、とても惨たらしく、焼死という一番残酷な方法で。原爆落下の瞬間に思いを馳せると、まさに悪魔の所業としか思われない地獄がそこにあったのです。その苦しみは想像を絶するということだけは私に分かります。

 

戦争と虐殺

 

ある活動家が言っていたのを思い出します。

「戦争とは戦闘員同士の戦い。非戦闘員が犠牲になるのは虐殺」

原爆のターゲットは明らかに一般市民なので、これは戦争の犠牲者というよりは、大量虐殺の犠牲者ということになると思います。

 

(長崎原爆落下中心地)

 

原爆は必要だったのか?

 

しかし、そんな原爆を落とすことが必要だったという人がいるようです。アメリカに被爆者の山口仙二さんが原爆廃止を訴えに行った時に、そのようなことをアメリカ人女性に直接言われている映像も残っています。

(https://youtu.be/DoIPaGpg1Q0  日本最古のカラー映像も入っていてお勧めの映像です)

 

あの残酷な惨状のあと、あれが必要だったと言う人の言葉をにわかに受け入れることはとても難しいのですが、でも、そのような人もいるのだということを忘れてはならないのだと思います。

 

原爆を落とした人達の種類を思いつくだけ書いてみました

 

’弾を落とす命令をした人

爆弾を落とした人

8暁を作ることを命令した人

じ暁を作った人

デ弾を作ることに協力した人

η弾を作ることに賛同した人

爆弾を作る資金を提供した人

╂鐐茲鮃猟蠅靴真

戦争があることで得られる経済的利益を享受した人

戦争や爆弾を作ることに反対だったが黙っていた人

 

 銑い賄事者 ァ銑Г篭力者 ─銑は関係者 は黙認者

という分類をしてみました。

 銑Г凌佑惑弾を明らかに落とした側の人です。もちろんその中でも犠牲になった人もいるとは思いますが、ごく少数ではないかと思います。

でも─銑の人は原爆で犠牲になった側の人の中にもいると思います。

 

被害者と加害者という分類だけで人を判断すると、原爆の原因を突き止めることが難しい

 

加害者、犠牲者という二つの分類ですが、その中をさらに見つめると違う分類が入り混じっていることが分かります。犠牲者側にも戦争を肯定したり黙認することになった人もいただろうし、作った側の人にも反対の人もいたということになります。

このことをしっかり意識しないと、「なぜ原爆が落とされたのか?」がはっきり分からないように思いました。

 

そんな考え方でいくと、その二つの分類の他にも、当日その場にいた人を違う分類の仕方で分けることもできることになります。

 

命令する人 命令される人

命令に従う人 命令に従わない人

たまたまそこにいた人 意図的にそこにいた人

男性 女性

大人 子供 などなど

 

原爆を落とした原因を担った人の中には意図的に原爆を落とした人もいれば、命令にただ従っただけという人、反対しながらも協力してしまった人、扇動されて騙されたように意図を持ってしまった人、その事実を知らされなかったり、無意識に協力してしまった人、などなどがいます。

人を虐殺することを意図的にするのは言語道断ですが、反対でも無意識でも虐殺に協力してしまっている事があることは、自分事として気を付けなくてはならないのかもしれません。

 

(長崎山王神社の被爆楠が今も生きています)

 

全ての人の心に争いの種と平和の種がある

 

全ての人の心の中に、他と争う心の種があると思います。

逆に全ての人の心の中に、平和を作っていく心があるとも思います。

 

平和を作っていく心の中心にあるべきなのは、私達は本来一つであるという理解だと感じています。

 

かと言って、私達は肉体的に、物質的には個々の存在なので、私達が全て一つであるという理解は非現実的であるように思われます。物質社会の視点からは「全ては一つ」は合理的な考え方ではないのです。もちろん、資本主義的な社会理念からも相反する考え方でしょう。

 

(金毘羅山烏帽子岩)

 

聖なる教え

 

しかし、般若心経の「色即是空 空即是色」の教えは、私達は「個にして全 全にして個」であることを真理として説いています。釈迦は生老病死の苦しみから脱して覚者になりましたが、その根底にある気付きは「無常」→「空」の教えです。

また、最近の量子力学でも、物質の根源、原子核の根源はこの般若心経が説くところのものと同じであることが証明されていますし、生命・物質の本質をたどれば、私達は本来一つであることが分かります。

 

一体であることを理解し体験すると

 

もしも、私達が一つであることを理解すれば、他を虐殺することは出来なくなります。命を最大限に尊重することになるでしょう。

逆に生命の連鎖は、個が個の命を単に奪って生きるのではなく、全体が一つである中の命の交換、与え合い、エネルギーの交換であると理解できると思います。ですから食べない動物や、活用しない木々や草花などの命を奪うことは無くなりますし、自分が逆に捧げる立場に立てば、他の犠牲をどこまでも尊重し、感謝していただくことになります。

 

戦士と兵隊

 

その事を理解したら、人は戦争や虐殺の命令よりも、命を尊重し感謝する意思を選択するでしょう。生命の源である自然環境を大切にし母なる地球を守るでしょう。

ネイティブの教えでは命令ならなんでも従うのが兵隊、自分の意思にしたがって愛と命の為に戦うのが戦士だと教えています。そして、全ての者に愛の戦士であることを奨励しています。

 

原爆や戦争は、命に対する尊重も感謝も一切無くなってしまった状態でしょう。

それはすなわち、命の事実からもっとも遠い状態なのです。ですから、人々は苦しみ、悲しむのです。

 

この

「私達は一つである」

という理解を取り戻すことが平和への大切な一歩だと感じています。

 

(広島平和公園音楽まつり会場)

 

社会的困難 復讐 集団心理

 

しかし、その事が現実的に難しい場合もあるでしょう。

例えば、親や子供や大切な人を殺した相手と自分を一つと思えるでしょうか?本心ではやはり仇として復讐したい気持ちになるのではないでしょうか?

欲にかられ、自分の物を増やす為に一生懸命働いた人達が、自分と他を一つだと思い、稼いだものを無償で分かち合うことが出来るでしょうか?

そんな場合一体であることを感じることも難しいですし、そのままに行動することはもっと難しいように思います。

 

それに加えて集団心理というのもあります。

日本の戦争中の映像を見ると、沢山の人が村や町をあげて、戦争に行く人を応援して見送ったりするシーンが印象的です。もちろん警察や憲兵などの抑圧もあり、人の心や言論も弾圧されていたようですが、明らかに人の心が扇動されて洗脳状態になっているようにも見受けられます。戦争が賛美されたり、国全体的な価値観を植え付けられて、人の命があまりにも軽視されている事に疑問を唱えることさえ出来なくなっていたようです。その中でどんどん戦争や虐殺という負の連鎖が止められなくなっていったのでしょう。その中で戦争に反対することの難しさも理解できます。日本でもアメリカでも。

 

その結果の一つが原爆です。その事実も忘れてはなりません。

 

国という枠を越えて考える

 

その考え方で行くと、日本人もアメリカ人も何人も関係なく、戦争を意図して行う命令者達、その命令に従う兵隊達、それの犠牲になる庶民という図式があることも理解できます。国同士で争わされるのは、人が作った枠組みの中、仮想現実で思考を停止させられて、多くの庶民が犠牲になりますので、国を越えて、戦争の命令を下す為政者と命令に従わなければならない兵隊と、犠牲になる庶民という、カテゴリーに分かれて考えるのはよりリアルな感じがします。ですから、国と国という枠を越えて考えるのは素晴らしいことと思います。

 

ですが、まだここにも枠が残っています。

為政者、兵隊、庶民という枠です。国という仮想現実を越えて、リアルな枠を想定しているのでベターだと思いますが、最善な考え方ではないようです。

 

 


一体であることをもとに活動する

 

デニス・バンクス師が1978年にロンゲストウォークを行い、政府に奪われそうなネイティブの権利を守った時、出発の祈りに日本人が参加していました。その時にデニス師が最初に祈ったのは、敵であるはずの、大統領と大統領の家族の安泰だったそうなのです。その祈りを聞いた日本人たちは驚きをもってその祈りを讃嘆したそうです。「彼らこそ本当に空の教えを理解し、平和に活かそうとしているのではないか?」そして、多くの日本人や僧侶たちがその行進に参加したそうです。そして、そのような祈りは民族や人種を越えて共感を呼び、本当に多くの人が心から参加したそうです。そして、その行進は大成功して、ネイティブの権利は平和的に守られることになりました。

 

そのような成功例が世界にはいくつかあります。その当事者であるデニス師に長年教えを乞うことが出来たのはとても光栄なことでした。

 

デニス師と共にあっていつも感じていたことは

個々別である現象世界の中にあって、いかに、全ては一つという精神性にもとづいた行動をして、そして、仲間達と共感を深い所から分かち合っていくか?という智慧と行動力でした。それは、感動をともなって体験されることも多くありました。

 

言葉や現実的な活動は合理を越えた所にある一体感を得る為の道しるべでした。

 

ウォークやサンダンス、スエットロッジやセレモニーや沢山のイベントでそれを感じさせていただきました。一体感というのはある意味合理的ではないので、完全にそうなるというセオリーや手順もないのですが、その場その時にある感覚を大切にしつつも、過去から蓄積された智慧の上で、繰り出される言葉や歌や行動は時に合理を越えた一体感を感じるのに充分な力を感じずにはいられないことも沢山ありました。

 

平和に必要なものは一体感ですが、それは言葉だけでは伝えられない非合理的なものでもあることが難しいのであり、興味深いところでもあるのだと思うのです。言葉を越えた非合理な真実を伝える為に教えや智慧や文化や儀式や祈りがあると言っても過言でもないのかもしれません。

 

私達が原爆の悲劇を教訓に平和に生きる為に必要なものの一つはこの一体観だと思いますが、社会的には多くのプロセスが必要であることも理解しています。

 

 

内的目覚め・心の平和を社会に還元する

 

しかし、瞑想すると、社会的一体感を感じるよりは比較的容易にその生命的一体感を得れることがあります。それは、私達の命がその真実の上に常にあるからです。

私達の心臓を動かしているものは何か?その問いかけに答えようとするときに、空即是色の教えが大きな助けになりました。

 

私達の命の真実を見破り目覚めたのが釈迦であり多くの聖者たちです。

 

その聖なる目覚めを如何に現代社会に還元していくか?そこにこそ平和の鍵があるのでしょう。

 

社会的な一体感が欠如している現代社会です。

先ずは内側で生命的な一体観に目覚め、そして、それを行動によって共感させて、社会に還元するのが良いと感じています。「枠を越えろ」と堀澤祖門先生もおっしゃっています。

 

その為に毎日瞑想し、9月にはウォークをしたいと思っています。

 

 

原爆の悲劇を忘れず、世界が平和でありますように。

 

ニカニガナ(アニシナベ語でAll my relations

山田圓尚拝

 

JUGEMテーマ:幸福に生きる

 

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9月

7日(土) 淡路島 お話し会
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8日(日) 淡路島 フィールドワーク
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12日(木)神戸 お話し会「ネイティブアメリカンの智慧の輪」
https://www.facebook.com/events/672543823211186/


9月21日(土)淡路島スエットロッジ
https://www.facebook.com/events/2430755880320489/

9月23日(秋分の日) 綾部 スエットロッジ
https://www.facebook.com/events/450578909053645/

 

9月28日〜11月12日

7 Generations Walk 2019 福島→長崎

〜命の事実に目覚めよう Wake up to the facts of life〜  http://blog.7gwalk.org/?eid=1262707

 

7GWalk Schedule http://blog.7gwalk.org/?eid=1262665

 

今年も、仏とネイティブの教え、光と力が融合する活動をしていきたいです。 http://blog.7gwalk.org/?eid=1262686

 

大鹿村のリニアについて http://blog.7gwalk.org/?eid=1262658

 

上関原発の現状について http://blog.7gwalk.org/?eid=1262664

 

 

 

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